2017年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  編集  |  Top↑

2011.07.16 (Sat)

応援・激励メッセージ20

OBからのメッセージを紹介します!

誰もが認める恥の多い人生を送ってきたが
学生の折に何より悔いるのは
我が身を捨てるに能う時、それを為さなかった事である。

それが為に後輩諸氏に今日の苦労を掛けていることは
痛恨の極みであり、申し開きの術も無い。

しかし、時が移ろい世情が流れようとも
自他を共に認め、誠実を尊び、新しい声を取り入れる
それが大学の本義であり、母校の正しい姿である。

義を見てせざるは勇なきなり
諸氏の為すべき時に、為すべきことを為せ。

01年度 学生団体連合常任委員長
風間 隼



メッセージはまだまだ募集しています。kinsyudame@yahoo.co.jpまでどしどしご連絡ください。
スポンサーサイト
20:38  |  メッセージ集  |  トラックバック(0)  |  編集  |  Top↑

2011.07.15 (Fri)

応援・激励メッセージ19

「法政大学 55/58年館の再生を望む会」の学生さんからもメッセージが届きました。ご紹介いたします。
何やら話を聞くと55・58年館を残すために頑張っているらしいので、興味ある方は下記の「望む会HP」も見てみてください。


私は「法政大学 55/58年館の再生を望む会」を応援している文系学生です。

もともと学内飲酒しませんが、飲酒新ルールにはいろいろ疑問を持っています。

ブログでも既に書かれていますが、新ルール制定には「大学はお酒を飲む場所ではない」という論理がいつの間にか登場しました。確かにお酒を飲む「為の」場所ではありません。勉強する場所です。でも勉強「だけ」をする場所でも無いはずです。本人が勉強だけで良けりゃそれでいいですが、そうでない人は思い思いのことをやって、青春を謳歌できる場所であるはず。そして私は、その中から(気軽で安価な)飲酒を排除しない方が素敵だと思います。

他の人の「青春を謳歌(≒公共の福祉)」を脅かさない、最低限度の規制を皆で再考するのが、自由の法政ってもんです!


ところで、12日は飲酒闘争にご一緒させてもらい「55/58年館の再生を望む」署名も便乗して集めさせて頂きました。同時に、55/58解体方針について周知不足であると痛感しました。
13日以降もご一緒にさせてもらってるかもしれないので、55/58に関心がある方はお気軽にお声をおかけ下さい。望む会では7月30日には建築学科リノベ案説明会(仮)も計画中です!

参考 望む会HP
http://www.55-58saisei.sakura.ne.jp/



メッセージはまだまだ募集しています。kinsyudame@yahoo.co.jpまでどしどしご連絡ください。
20:04  |  メッセージ集  |  トラックバック(0)  |  編集  |  Top↑

2011.07.14 (Thu)

応援・激励メッセージ18

なんだかすごいメッセージが届いた! ご紹介いたします。

私は2008年11月(だったと思う)に法政大学で大麻解放への演説をし、その際に「大麻が解放されたら法政大学に1トンの北海道産大麻をトラックで運び込むから皆で吸おう」と公約した大麻解放党のネオと申します。

幸福追及権は憲法で保証された権利であり、憲法で保証されてなくても人類普遍の原理の一つと考えます。その幸福追及の手段がコーヒーだろうと煙草だろうとアルコールだろうと大麻だろうとアロマテラピーだろうと自由であるべきです。

大麻解放を成し遂げたオランダには次のような名言があります。
「酔っ払いと麻薬中毒者はいつの時代でもどこであっても存在する。彼らを罵倒
するのはかまわないが、犯罪者にしてはならない」

私はどちらかと言えば麻薬中毒者の方に分類される人間ですが、酔っ払いの皆様にも強い親近感を覚えます。
酒で酔っ払おうと大麻や麻薬で多少ラリってようと自由であってしかるべきで、法政大学当局は学生が学内でドラッグを使うよりは飲酒の方が遥かにマシな事に気付くべきです。飲酒で止まってる学生ならいいじゃないか。

飲酒闘争頑張れ!
飲酒解放万歳!
大麻解放万歳!

大麻解放党中央委員
ネオ・ミラルダ


メッセージはまだまだ募集しています。kinsyudame@yahoo.co.jpまでどしどしご連絡ください。
20:00  |  メッセージ集  |  トラックバック(1)  |  編集  |  Top↑

2011.07.14 (Thu)

応援・激励メッセージ17

さらに続く現役学生からのメッセージ! 


学内飲酒を語る上で、最も腑に落ちないことがあります。それは「そもそも大学はお酒を飲む場所ではない」という大学当局の見解です。



確かにこの見解は、一見、広く世間に受け入れられるだけの「常識」と「規律」を有しているように思えます。「そもそも大学はお酒を飲む場所ではない」という言葉の裏には「大学とは学問を究める最高学府であり、飲酒によって学問がおろそかにされてはならない」という意味があると思います。これもまた、「常識」と「規律」を有している「正論」のように思えます。



しかし、本当にそうでしょうか。



飲酒を規制する側は、あまり飲酒の美点について触れません。しかし、飲酒が持つ、人間関係を円滑にし、コミュニケーションの手助けをするという美点は揺るがしようがありません。心から魅力あるキャンパスを願う人間であるならば、「学内で飲酒ができる」という魅力を、むざむざ捨てるという選択をするとは思えないのです。



確かに、法政大学で行われる飲酒には危険なものも数多くありました。マナーを守らず、他に迷惑をかける行為も数多く行われてきました。しかし、だからと言って「原則キャンパス内全面禁酒」という判断は軽率にすぎます。これは危険な飲酒行為をもっとも簡単に学内から排除することができる、いわば最終手段です。この最終手段によって確かに危険な飲酒行為は廃絶するかもしれません。しかし同時に、「学内で飲酒ができる」という大きな魅力を失ってしまうことを忘れてはなりません。



大学とはいったいなんでしょうか。学生は大学に何を求めているのでしょうか。私は「可能性」や「新しい価値観」であると思います。私は別に、高い志があって法政大学に入学したわけではありませんでした。ただ、東京の有名な総合大学ならば、まったく新しい可能性や、人生を変えてしまうような価値観に出会えると思ったからです。



しかし、「そもそも大学は○○をするところではない」という、否定表現によって定義される大学が、可能性にあふれた大学、多様な価値観を認める大学として存在することは可能でしょうか。私は絶対に不可能だとおもいます。法政大学が魅力ある大学としてあり続けてこれたのは、「○○をするところではない」という否定表現ではなく、「お酒を飲むこともできる」「立て看板を出すこともできる」という、肯定表現によって定義されてきたからだと思っています。



校歌に謳われるような「よき師よき友」が集う、魅力ある母校にするために、私たちは「大学とはお酒を飲むところではない」という偏狭な固定概念を捨てなければなりません。そしてマナー違反者を取り締まるために、「キャンパス内全面禁酒」という安易で愚かな方法を取るのではなく、「お酒を飲むこともできる」という可能性を守るために、大学・学生双方が知恵を出し合い、苦労し合うことが重要だと思います。いま、学生は立ち上がりました。法政大学当局も、大学のために立ち上がらねばなりません。



法政大学文学部4年



メッセージはまだまだ募集しています。kinsyudame@yahoo.co.jpまでどしどしご連絡ください。
15:30  |  メッセージ集  |  トラックバック(0)  |  編集  |  Top↑

2011.07.11 (Mon)

応援・激励メッセージ15

しばらくお休みしてた応援・激励メッセージも復活!
北の大地、北海道の学生から独自の視点の激励メッセージをご紹介したします。



「戦略的反・反熟女主義的飲酒闘争についての覚書」 北海道大学熟女研究会

京の大学でとんでもないことが起こっているという噂はひと月ほど前からここ、北の都札幌にも届いていた。
かの噂の舞台はどうも法政大学であるらしい。連日30度を越えているであろう東京のど真ん中で勉学に勤しむ学生達が、満足にビールも飲めないことには深く共感する。

我々、北大熟女研究会は我々の立場から、この酒騒動について考えていくことにしたい。
その際、主要な分析道具として我々の考える「熟女的行動 (Jyukujyostic behavior)」という概念を導入しておきたい。

「熟女的行動」とはなにも実際の「熟女」に限られたものではない。我々はこの言葉で、我々の世界の内部で起こりうる、人間の不確実性と理不尽性を伴った一連の非論理的現象のことを便宜的に「熟女的行動」と呼んでいるに過ぎない。
それは歴史的に見て最初に熟女において観察されたことにより「熟女的」と名づけられてはいるが、我々がこのような森羅万象を包み込む全体的な母性としても「熟女」を位置づけていることは強調しておいてもいいだろう。「熟女的行動」概してそれは絶対的で強大な自然現象に立ち向かう人間が、不可避的に直面せざる得ない一連の行動群なのである。

つまり、自然現象としての「熟女」と文化を持つ動物(人間)としての「熟女」、このアビバレントで倒錯した主体と接触せざる得ない時に我々に生じる問題が有名な「熟行問題(熟女行動問題)」なのである。

さて20世紀中葉に入り広く学際的なトピックとなったこの「熟行問題」に対し、現在は様々な立場からその処遇について議論が沸きあがっていると言って良いだろう。
代表的な立場はリベラル左派が主張する「熟女寛容主義」、フランス人民戦線が傾倒する「熟女本質主義」、そして近年アメリカの右派で流行し始めている「反・熟女主義」などである。

さて、ここで我々北大熟女研究会が主張したいのは、近年の反・熟女派の動向の問題点を指摘した上で、「熟女主義を肯定するわけではない。しかし現在の反・熟女主義には反対であり、もっと戦略的に熟女行動と対峙していくべき」という新たな立場、「戦略的反・反熟女主義」である。

再び飲酒闘争へと話を戻そう。
この闘争の発端は法政大学が突如として試行した「学内前全面禁酒令」が、学生にとって「熟女的行動」として映ったことによる。
つまり、大学という母性を備えた、自己の帰属する組織が、突如として彼ら学生にとって理解できない理不尽な立場(熟女行動)をとったことに対する、学生側からの反応としてこの飲酒闘争は存在しているである。

図式化するならば、熟女主体としての大学と、それに対面せざる得ない立場の学生のとった「反・熟女主義」の立場が現在の「飲酒闘争」である。

熟女行動に直面した人間が「反・熟女主義」に進むのは当然のことであり、我々も共感する。
しかし、その反・熟女主義のアプローチ法には問題がある。 素手で直接的に「熟女」に立ち向かうことは建設的であるとは言えないということである。
今回の件に関しては大学という巨大な「熟女」には強大な権力と決定権があるということを看過するべきではないということである。

つまり大学のような強大な権力をもつ熟女的他者に対し、一学生が主体となってただ闇雲に反対するのは必ずしも満足な成果は得られないと思うのである。
ここで必要なのは「戦略的反・反熟女主義」である。

「戦略的反・反熟女主義」。これは大学が何故学生に学内禁酒を強制するのかという、相手の熟女的論理を改めて検討し、理解し、その論理を逆に利用し、自らの主張を熟女に認めさせていくという戦略をとる。
この点では既に今回の飲酒闘争には「戦略的熟女主義」の萌芽は見られる。つまり、彼らは「学内で酒を飲んではいけない」という論理を流用し、「学内で酒ビンに入れたジュースをのむ事」によって熟女的大学をおちょくることに成功した。

「戦略的反・反熟女主義」はこの道を一歩先に進めることを奨励する考え方である。熟女的行動主体の論理を逆さにとり、彼らが何故学内飲酒を禁ずるのかを深く理解した上で、あえてその点に照準を合わせ「おちょくる」のである。

もちろんこれは現実の行動に移すのは幾つかの問題を克服しなければならないだろう。しかし法政大学の変態学生達はこれをやり遂げるだけの力があるはずである。
我々北大熟女研究会は地理的に彼らとは離れているが、この闘争を応援しつつ経過を見守りたいと思う。

2011 7月。札幌にて。北大熟女研究会 勝利を願って。





メッセージはまだまだ募集しています。kinsyudame@yahoo.co.jpまでどしどしご連絡ください。
19:18  |  メッセージ集  |  トラックバック(0)  |  編集  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。