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2011.12.20 (Tue)

間違っているのはどちらか。

 論から言うと、今回の法政大学名義で掲示された文書の意味を僕はよく理解することができていない。



 まず
『学生センターに10数名が乱入し、「要求書」なる文書を受領するように求めるなどの示威行動を行った結果、学生センターの業務は一時停止せざるを得なくなりました。』
 とあるが、初めの一文からして意味を読み取れない。
 12月2日の僕たちの主目的は学生センターが『「要求書」なる文書を受領』することであり、これは法政大学文書ですら認めている。学生が窓口に文書を提出に行くことを、一体どのように解釈すれば「示威行動」となるのだろうか。

 12月2日に提出した文書は、近年の法政大学のあり方、管理強化に異議申し立てするものだった。
 当然の事ながらこの異常な大学の状況に対して憤ったり、危惧を抱いているのは僕だけではない。学生センターへの文書提出に『10数名の学生』がその意思表示のために、同行することは不思議なことではない。そして、『10数名の学生』は、学生センター内では基本的に学生センターが文書を受理するのを待っていただけで、『示威行動』は何もしていないのである。(顔を隠していた理由は後に示す)
 文書の受領に関しても、要求書提出の責任者である僕は終始、顔や身分を学生センターに対して晒していた。目的は学生センターに文書を渡すことなので、文書を受け取りさえすれば、学生センターに留まり続ける理由はない。学生センターの業務が一時停止することになったのは、学生センターがその業務たる文書の受領しなかったことにもその原因がある。


 
『本学は、不法侵入および威力業務妨害に対して毅然とした態度をこれまでどおり堅持します。』
 とあるが、不法侵入および威力業務妨害に対するこれまでの毅然とした態度自体がそもそもおかしいのではないかと思う。
 この大学のこれまでの『毅然とした態度』とは、警察に学生の情報あるいは学生自身を売り渡すことである。その根拠はいくらでも並べることができるし、多くの学生がそのことを知っている。
 12月2日に『サングラスにタオルやマスクで顔を隠したほか、着ぐるみを着用したり黒いヘルメットをかぶるなどの異様な姿』をしていたのは、このような大学に対して恐怖しているからだ。恐らく大学と学生の間で現状の認識に違いがあるのだが、前提として学生から見える景色には、大量の処分と逮捕、学内を闊歩する謎の職員、異常な警備体制、おびただしい数の監視カメラがある。これが、学生の目にどう見えるのか、少しは想像力を働かせてもいいのではないかと思う。

 大学と学生との間での認識の違いはこの文書の最後にも表れている。
 『12月2日に発生した事件について』という文書は『学生諸君においては、煽動に惑わされることなく、平穏な環境のもとで本学の学生であることを明示してなされる意見・質問の提出について、その内容に関しては全く制約がないことなどを理解してください。』と締められている。
 もはやこの状況下で自由に意見・質問を提出してほしいと何の後ろめたさもなく文章にできることは、狂気ですらある。現在の法政大学で、自らの身分を明かして大学に抗議することは誰にでも出来ることではない。これは銃口を突きつけられた状態で「自由に話していい」と言っているのと変わらない。そして、ピロティ下机撤去、飲酒規制、日曜日大学閉鎖、屋上時間短縮、など近年の大学の一方的な決定がある。この上でも法政大学は学生の声に真摯に耳を傾けてきたと言えるのだろうか。


 後に、『12月2日に発生した事件について』という文書は12月8日から掲示されているようである。

 過去多くの団体が提出した文書は、何かしらの理由をつけて文書での回答が拒否され続けてきた。今回提出した12月12日回答希望の文書も、12月20日現在いまだ回答も途中経過の報告も何もない。

 しかし、この大学では学生を犯罪者呼ばわりするような文書はたったの6日で「法政大学」名義で掲示することができる。
 『10数名』が学生センターへ行ったことを『乱入』と書き、『文書を受領するように求める』ことが『示威行動』となり、身分を明かさないだけで『学外者』と規定され、この一連の行動が『不法侵入』『威力業務妨害』という『事件』になってしまう。

 法政大学が学生から問題意識を持つ学生を暴力的に潰してまで守ろうとしているものは、本当にくだらない。大学が本当に守らなければならないのは、人間性を毀損する管理や、誰も声をあげることの出来ない秩序ではなく、学生の未来なのではないだろうか。

文責 文学部哲学科四年 菅谷 圭祐
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